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聞き流して集中
うちの長男は小4。来年4月からは当たり前だけど小5。自分のその当時に思いを馳せると深夜放送を聞き始めたのがちょうどその頃だった。
クラスでニッポン放送の「欽ドン」(平日21時台)を聴くのが流行り、自分も当時家にあったちゃちなラジオで流行に遅れまいと聴くようになったのがその始まり。
そしてクラスの流行は自分のラジカセを持つことへと変遷し、自分も親にねだって買ってもらった。忘れもしない日立のパディスコ。(ネットで検索したら型番は「日立パディスコGF-XO」(勝手にリンク)。スピーカーのところのデザインが独特、またボタンを押すと内蔵されているワイヤレスマイクがポップアップ!)
そこからはどんどんどんどんラジオを聴く時間が長くなった。熊倉一雄の「ゼロの世界」(本当に怖かった。トイレに行けなくなった。)も印象深いし、もっと遅い時間の「あおいくんと佐藤くん」「かぜ耕士のたむたむたいむ」「コッキーポップ」 etc. あげくは25:00~の「オールナイトニッポン」。初めて聴いたのはイルカがパーソナリティしてたもの。土曜の鶴光のも随分聴いてた。基本はニッポン放送一途だったが、途中、落合恵子、谷村新司、なぎら健壱、甲斐よしひろが出てた頃の文化放送・セイヤングにも一時は浮気した。
ハードも変遷。中学・高校へと進む間、ラジカセ「パディスコ」が、ラジオ「ナショナル・クーガ2200」(同じく勝手にリンク)になり、そしてソニーのステレオラジカセになった(ネットで見つけられなかった。確かポール・マッカートニー&ウィングスの「My Love」が流れるCFだっと記憶←かなり曖昧。カセットの再生ボタンが軽く、“フェザータッチ”とか謳ってた...)。
AMの後はもちろんFMへとシフトした。クロスオーバーイレブン(NHK)とかジェットストリーム(FM東京・当時)を聴くのは完全に日課になった。FMレコパル誌等を買って下調べしながら“エアチェック”して、随分カセットテープに録りためたりもした。
学生時代にラジオとかカセットを聴くのってだいたいが夜で、試験勉強とか受験勉強し「ながら」の場合が多い。「ながら」で聴くわけだから、ラジオだろうとカセットだろうと同じようにも思うのだが自分の場合は明らかに違った。ラジオだと(途中気をとられることもあるものの)リズムに乗る(?)と外界と完全に遮断され、後から思うと不思議なまでに集中できていた。それに対し、カセットに収めた曲を再生していると必ず眠くなった。これはいまも同じ。クルマを運転しているときにラジオだと“無心の境地”のような状況になって長距離運転を苦もなくこなせるのに対し、CDだと眠くなる...。そして、勉強も運転も“静寂”は全然ダメで、かえって気が散る。
自分の場合は、子どもの頃からの慣れもあり、適当なトークと適当に知らない曲が流れ静寂を消す程度の環境が一番脳が休まるように思う。もしかしたらα波出てるかも。
ちなみにうちの奥さんは全く僕と正反対。聞き流すことがとことんできない。ラジオは聞き入ってしまうので疲れると云い、音楽もものによっては「癇にさわる」「歌詞が嫌い」「ギターの音色がもの悲しい」と僕のチョイスをことごとく否定することがある。(もともと奥さんは自分とは対照的で、本格的に合唱に打ち込み音大すら考えた学生時代を過ごした。音楽に対する姿勢が自分とは比べものにならないほどに“真っ直ぐ”なのだ。)そしてその“聞き流しがち”な自分と“聞き流せない”奥さんの図式は、対子どもとの関わりにおいても当てはまっているようだ。よくよく振り返ると自分が適当に受け答えしているような子どもからの問いかけに対し、奥さんはこれまたひとつひとつ真っ正面から受け止めている。上・下それぞれに違う特性の子どもが成長とともにさまざまな表現をするようになったいま、もっと聞き流していいんだよ、と云っても「それができれば苦労しない...」と奥さんは日に日に疲弊している...。
先日ネットで注文した携帯とBluetoothでつなぐヘッドセットが今日届いた。これで携帯で再生する音楽を聴き「ながら」の通勤がより快適になる♪ とはいえ、家では「ながら」を極力控え、もっともっともっと子ども達を真っ正面から受け止めてあげないといけないと心に誓う今日のこの頃の自分なのであった。いやホントに。
