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いつの日かGoogleに全てを捧げる...?
NHKスペシャル「グーグル革命の衝撃」を見た。Gmailの使い方メルマガから事前のお知らせや当日のアラートメールも届いていたので見逃さないよう万全の体制を敷いた。
結果、あんまり面白くなかった。印象的だったのは、米Google社で働く技術者の様子くらいかな。自らの好きなテーマをとことん追求するというのは正直羨ましいと思った。
以前からGoogleにサプライズして、魅せられて、ハマり、その技術の進化を日々心待ちにする自分と、他方、映画「マトリックス」のマトリックス=Googleと懸念し、コンピュータに全てを捕捉されるのもどうしたものかと冷ややかに考える自分が共存していて、その間を行ったり来たりしている。Gmail、Earth、Calendar、Personalized、Analystic、etc...新しい機能が追加されると「さすがGoogle」と思うし、明確な理由のないGoogle八分や中国での検閲(?)の記事を見ると訝しむ気持ちがもたげる。
この番組を受けて書かれたBlogをいくつかながめても、かたや「Google凄ェや」という人もいれば、「Googleって怖い」という人もいる。中には「NHKの目線に悪意を感じる。TVにとっての脅威のネットだからじゃん。」なんて書く人も。どれも正直な気持ちだと思う。Googleとの関わりの浅い人/深い人で感じ方は自ずと変わってくる。
自分の中でGoogleがブレークしたきっかけはGmail。以来、仕事のメールもプライベートなメールもGmailにforwardして、基本的にはGmailが自分のメインメーラーになっている。そのGmailもだんだんと認知され、最近では周りにユーザーが増えてきて、何となく嬉しい。だけど、結局はフリーのメールサービスなので、メールが消えてしまっても何も文句が云えないことはきちっと認識して、公私メールともに最終アーカイブは別途とっている。いつGmailがなくなってもいいように。
こんな感じで各サービスとも様子見のスタンスでいるのが自分の現状。だから、番組で紹介されていた若者のように「生活の『全て』をGoogleに依存する」ことは(少なくとも現時点では)考えられない。でも、心の中では、Googleがもっともっと進化して、こうした距離感を保っている自分をねじ伏せるほどのbenefitを提供してくれることを願っているような気がする。その日が来たとき自分は両手をあげて降参し、全ての個人情報を/生活の全てをGoogleに委ねることだろう。その日まで僕とGoogleの闘いは続く...。
2007 01 22 [ひとりごと] | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック
2008年の年賀状は...
GIGAZINEに紹介されていたこのページ。女性の画像にマウスオーバーすると修正される前の画像に切り替わる。肌が艶々してたり、ウエストが細くなってたり、胸が豊かになっていたり...。おぉこれはすごいと妻に見せた。
「見て見て。これ凄くない?このテクが僕にあれば、年賀状の●●(娘)の写真も修正できるね。」
「どぉして娘より先に奥さんの画像を修正しようと思わないかなぁ。そうすれば(自分の画像を)年賀状に載せることもやぶさかじゃないのに。」(注:うちの年賀状は何年か前から子どもの画像のみ。奥さんが載ることを嫌がるようになったから。)
「...なるほど。でもだったらこのサイトのお姉さん達のBodyをそのまま使ってアタマの部分だけコラージュしちゃった方がはやいな...」
話しながら自分は年賀状の本質について改めて考え直さないといけないなと思った。
例年のことではあるが、今年は特に年賀状作成の作業が出遅れた。いつもは紅白歌合戦がやっている頃にジーコジーコとプリントアウトしているものだが、今回は紅白の頃やっと写真選定をしていた次第。
本来はこれだ!と云えるphotoを1点、断ち切りでバックに敷いて、そこに近況を少々というようなシンプルなものを作りたいのだが、そうした自信作のphotoが残念ながら2006年撮影分にはなかった。そうすると最終候補photo数点をこまごまと配置して作成することになる。で、それぞれを切り抜く作業に時間をとられ...。今年は紅白が終わったあと、CDTVを見ている時にやっと完成し、それからプリントアウトした。
2007年は年間を通じて常に年賀状に使えるクォリティを念頭に置きながらシャッターを切ろうと思ったりしながらも、秋には娘の七五三で記念撮影するだろうからそれでいいかなと、早くも年賀状用photoの選定を済ませた気分になっている。
